社会を変えるには、一貫した戦略と理念が必要

社会を変えるには、一貫した戦略と理念が必要

みなさん、こんにちは。言語聴覚士の多田紀子です。

 

高知の話、第2回です。前回は「10年前からロードマップを持って動いていた人」の話をしました。今回はその「どうやって」の部分——戦略と理念について書きます。

 

制度の「穴」を知っていた

 

その方がずっと訴えてきたのは、「今の制度では、高次脳機能障害の人たちが正当に評価されない」ということです。

 

障害福祉サービスを利用するには「障害支援区分」という認定が必要です。区分1から6まであり、数字が大きいほど手厚い支援を受けられます。

 

ところが、高次脳機能障害の方は、食事も自分でできる、お風呂も入れる、トイレも自立している。だから「自立している」と判定されてしまうケースが多い。

 

でも実態は違います。感情のコントロールが突然効かなくなり、人を傷つけてしまうことがある。見知らぬ人に怒鳴ってしまうこともある。こうした「行動障害」と呼ばれる状態があるにもかかわらず、今の評価基準ではそれが点数に反映されません。

 

「ご飯が自立している、お風呂が自立している。でも時々人を殴ります。でも慣らしたら点数は点数になっていく」——そういう評価の仕組みになっている、とその方は言いました。

 

本当に支援が必要な部分が、制度の物差しで測れていない。これが現実です。

 

理念があるから、ぶれない

 

こうした制度の問題を変えるには、長い時間がかかります。厚労省に何年もヒアリングを続け、科学的な研究を積み重ねて、少しずつ「確かに問題だ」という認識を広げていく。

 

その辛抱強さはどこから来るのか、と聞いたとき、こんな言葉が返ってきました。

 

「基本は理念法やから。当たり前に人権が尊重されてほしいということを、みんなに分かってほしい」

 

法律の議論になると、どうしても「制度」「区分」「報酬改定」といった話になりがちです。でも、その全部の根っこにあるのは、「人として当たり前の生活をしてほしい」という理念でした。

 

その理念がはっきりしているから、戦略上の判断で何かを妥協したり、「これは今回は入れない」と決めたりしても、軸がぶれない。

 

「見えない当事者」に届ける、ということ

 

もう一つ、印象に残った話があります。

 

大阪でさえ、高次脳機能障害の当事者を「見たことがない」という福祉事業所がたくさんあるそうです。でもこれは、「いない」のではありません。見た目では分からないから、気づかれていないだけです。

 

初対面の人にはきちんと礼儀正しく接することができる。でも慣れてくると、本来の障害特性が表面化してくる。それが高次脳機能障害の一つの特徴であり、「ちょっと変わった人」で終わってしまう理由でもあります。

 

高知の山間部、車で3〜4時間かかるような地域では、「うちの主人がおかしくなったから、私が面倒を見なければ」と家族が一人で抱え込み、誰にも言えないまま暮らしている人がいます。

 

そういう「見えない当事者」に支援を届ける仕組みを作ること——それが、法律を作った本当の理由だと感じました。

 

次回は、高知に行って気づいた「私自身の視点の変化」について書きます。

 

私の活動

 

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