支援だけでは、社会は変わらない

みなさん、こんにちは。言語聴覚士の多田紀子です。
高知シリーズ、第3回です。今日は正直な話をします。高知から帰ってきてからずっとモヤモヤしていたことが、やっと言語化できました。
私がこれまで見てきたもの
23年間、私がやってきたことをざっくりまとめると、3つです。
本人への支援——ことばのリハビリ、コミュニケーションの練習。
家族への支援——どう接したらいいか、一緒に考えること。
支援者の育成——STを育てたり、周囲の人に障害を知ってもらったり。
これはこれで、絶対に必要なことだと思っています。でも高知に行って、全然別の景色が見えてきました。
社会の側が変わらないといけない
高知でこんな話が出ました。
高次脳機能障害の方が就労支援でうまくいき、「では働きましょう」となっても、受け入れる場所がない。
軽度の方——ある程度話せて、一人で調べて相談窓口に来られるような人——でも、「もう働けているし、喋れているじゃないですか」と言われ、支援を断られることが多い。でもその人は、以前とは違います。脳に傷を負う前とは、確実に違う。
その「違い」を、職場も制度も社会も、受け止める仕組みになっていない。
さらに、その方はこう言いました。「刑務所に入るのを防げる、生活保護になるのを防げる、という視点で考えなければいけない」と。
一人の人が刑務所に入ると、年間400万円以上の国費がかかります。でも、適切な支援があれば防げた可能性がある。社会全体で見ると、支援することの方がずっと合理的です。
それでも今の縦割り行政では、障害福祉の予算と司法の話は別の省庁で別々に議論され、交わりません。本人を変えるだけでは、その壁は超えられない。
言語聴覚士として、見えていなかったもの
この話を聞きながら、私は少し恥ずかしくなりました。
リハビリという仕事は、どうしても「この人がどれだけできるようになるか」に目が向きがちです。でも、できるようになった先に、その人が生きていける場所があるかどうかを、私はあまり考えてこなかった。
失語症の方が声を取り戻した。高次脳の方が記憶の補助ツールを使えるようになった。でも、その人たちが社会に戻ったとき、受け止める側——職場、地域、制度——が変わっていなければ、また傷つく。
高知でこんな言葉を聞きました。「人はご飯が食べたくて生きているのではない。祭りが好き、映画が好き、妻の手料理で晩酌したい——そういうことのために生きている」と。
その「生きる楽しみ」を取り戻すための支援をして、でもその先の社会が変わっていないなら、本当の意味での支援にはなっていない。
行政、企業、制度——今まで私が見ていなかった場所に、本当の課題がありました。
次回は、では私は何をするのか。自分自身の10年の話を書きます。








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