1年の始まりに思うこと

1年の始まりに思うこと

あけましておめでとうございます。皆さま、元旦をどのようにお過ごしでしょうか?私はオミクロン株が話題になり、今年も実家に帰省せずに大阪で過ごしております。

さて、1年の計は元旦にありとは言うものの、新しい年を迎えるにあたり、先にこれまでを振り返っておきたいと思います。

昨年、2021年は、私にとって、自分の未熟さを嫌と言うほど見せつけられた年でした。もしかしてこれまでの生活であれば、それでよかったかもしれません。でも自分がやりたい仕事、生活を考えてると、あまりに自分自身が至っていないことが、よくよくわかった。もう最後の2ヶ月なんて・・あまり言うと社会的信用なくすから(笑)ここまでにしておきますが、要は、自覚がない、覚悟がない、それが痛いほど身に染みた日々でした。

まぁ、なんだかよく考えもせず2019年に起業し、今思えば、あれはなんだったのか?という、本業と関係ないことで振り回されて終わった。次の2020年は、もう人と関わりたくない、まずは自分1人でコツコツしようとして、結局いろいろなことができなかった。そりゃそうだ、1人が持てる時間も労力も限界があるのだから。そして2021年は、やたらと手を広げ、どれも中途半端だった。周囲の人にもめっちゃ迷惑をかけだと思う。

結局、誘われるがまま、声がかかるまま、なんでもかんでも手を広げてきた3年だった気がする。 

「だってやってみないとわからないじゃん」そんな言い訳を自分にして来た気がする。言い訳とも気が付かず。

「だって、私のせいじゃないもん。私は一生懸命だもん」いやいや、子供じゃないんだから、一生懸命ならいいってものじゃないのに。

そんなこんなで、2021年の年末に、いろんなの事が起こったり、人とやり取りをしたりする中で、ガツンと気がついたのは

私の覚悟が足りないんだ

ということ。だからどれも中途半端だったんだ。私よりステージが上の人から見たら、今ごろ気が付いたのかお前って感じだろうけど、笑。 

プライベートでも、子供や大切な人達との関わりが本当に中途半端だった。昔、私の友人が、別の友人にはっきりと「親としてのあんたの覚悟がないからあかんのや。あちこち、ふらふら気にして筋が通ってないから子供が迷うんや」とピシッと言っていたのを思い出した。当時の私は、子育てに関してだけは、筋が通っていたんだけど、成人した子供と距離感が掴みにくかった。それだけじゃなく、大切な人に対しても、知人に対しても、なんだかなぁ・・と猛省。

しかし!!

こんな私でも、多くの人に支えていただき続けているのは、ひとえに、失語症や高次脳機能障害という私が関わっている人たちの支援がいかに少ないかだと思う。それだけに、期待して下さっている方も多いわけで、これから心を引き締めて、精進したいと思います。

私がいつか死ぬ時、あー、2021年の年末はターニングポイントだったなぁと振り返るに違いない。

ということで、2022年は、第二の成人式のような気分で迎えました。もうすぐ52歳だけど、笑

続く。

お写真はいつも行く豊国神社です!今年は昨年に比べて多かったなぁ。しっかり感謝の気持ちを伝えて来ました。

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