診断の見過ごしはなぜ起こる〜言語聴覚士のお仕事

診断の見過ごしはなぜ起こる〜言語聴覚士のお仕事
前回の続き「軽度高次脳機能障害者の困難さ」についてです。
高次脳機能障害による生活上の困難さは、脳画像や様々なテストだけでは判断しにくく、また軽度であれば会話や身の回りのことはできるので、単純で受動的な入院生活では問題になることはありません。医療従事者が「脳を損傷した人は全員、高次脳機能障害がある可能性がある」と意識して評価、診断をしない限りは見過ごされる可能性が非常に高いのです(中島)

医療現場と生活実態の乖離は大きい

 私は、言語聴覚士として16年間勤務、この数年は脳神経外科に勤めていますが、そこで多くの高次脳機能障害の人が、回復期病院に転院することなく自宅にかえる現状を見てきました。特にこの数年は、回復期病院の成果がFIMという日常生活動作の獲得率、獲得効率で評価されるようになり、身の回りであればできる高次脳機能障害の人を受け入れる病院が減少しています。また昨年より、NPO法人での活動をする中で、発症して何年も経過している高次脳機能障害者と知り合う機会が増え、彼らの生活上の困難、特に学業、就労における困難さを知り、医療の現場の認識との落差に驚きました。特に軽度の高次脳機能障害者は、急性期病院の在院日数の短縮化により数日で退院しますし、一緒に活動している私でさえ、何が問題なのか?と思うくらい一見、障害がわかりません。このため誤解を受けることが多く、就労や友人関係を維持するため、非常な努力をしていますが、この現実を医療現場では認識していません。
なぜなら、軽度の人についての生活調査や研究はされていないため、評価や診断の指標がないのです。既存のテスト、ツール、チェックリストも当てはまりません。また、退院後の主治医は急性期病院から近所のかかりつけ医になるため、急性期病院でのフォロー体制がなく、生活上の問題を把握する機会がないのです。

診断を見逃しを減らす一助になれば

診断を見過ごす要因はいくつか考えられます。
  • そもそも関心がない
  • 教育を受けていない
  • 当事者の生の情報にふれる機会がない
  • 評価バッテリーがない
私は、医療関係者が生活上の困難さを知らないことにフォーカスをあて、多くの医療職が、現状を把握することで、入院患者について高次脳機能障害があるのではないかと意識できるのではないかと考えています。教育現場で、いくら学術的な知識を学んでも、高次脳機能障害はオリジナルカクテルと言われるほど、症状も多彩ですし、その人の困りごとは生活環境によって変わるもの。なので、目の前の患者さんの生活を想像し、退院したあと問題がないか推測する力が非常に大事だと考えています。そのためには、たとえ軽度であっても、どんな困りごとがあるのか、医療者が知っておくと、推測する際のヒントになるのではないかと思います。

診断だけでは不十分

また、急性期病院に入院している間は、本人にいくら障害を説明しても、実際に問題にぶち当たっていないので、何が問題なのかわからないし、障害を否認することも多く、また家族や周囲の人も元の生活に戻ってから始めてこれまで通りではないことがわかるものなので、入院中に、障害について説明をしても、理解しにくいものです。また障害があってもその人が生活する環境によって生じる問題も違うため、急性期病院で、生じるであろう問題を予測するのは非常に困難です。なので、評価、診断だけでは不十分ですし「あるかもしれない、ないかもしれない」と言うことで、考えうる問題について情報提供することが大事だと思います。

心つもりがあるかないかで、その後の生活における対応能力は格段に違ってきます。私たちもそうですよね。違うのは、高次脳機能障害の場合、本人自身で心つもりをすることが難しいということ。だから、そこは支援したいと考えています。

 

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