会議で話せない人は障害者だけではない ― 沈黙は誰にでも起こる

数人が集まって話し合いをするとき、どうしても声が大きい人、立場が強い人の意見が通ることがあります。
特に、その人が「自分が正しい」と確信しているとき。
「発言すればいいじゃないか」
発言できる人は、そう思います。でもそれは、すでに発言できる立場にいるからこそ言える言葉でもあります。
安心できない場では、発言できない。
急かされると、言葉が出てこない。
立場や関係性が、口を重くする。
疲労や緊張が、思考を止める。
これは、障害のある人に限った話ではありません。
看護カンファレンスでも、職場の会議でも、学校の保護者会でも、話しやすい人と話しにくい人がいます。声の大きい人の意見が場を制し、沈黙している人の気持ちが置いていかれることは、どんな場所でも起こります。
そして厄介なのは、発言権を持っている人に、悪意がないことです。
「誰でも自由に話せる場にしている」
「意見があれば言ってほしい」
そう思っている。でも安心できない人にとって、オープンな場は安全な場ではありません。
コミュニケーション障害のある方は、そこにさらに負荷が加わります。
言葉を探すのに時間がかかる。
話の流れについていくだけで精一杯になる。
発言しようとしたとき、もう話題が変わっている。
第1回でご紹介した担当者会議も、まさにそうでした。発言の機会は全員にあったはずなのに、実際には一人が30分話し続けた。
コミュニケーションは、能力だけの問題ではありません。
立場、関係性、空気、疲労、安心感。
さまざまな要素が影響します。
だからこそ、「話せる環境」を意図的に作ることが必要なのだと思います。
それは障害のある人のためだけでなく、その場にいるすべての人のために。








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