失語症者の気持ち×専門家の視点〜関啓子先生〜言語聴覚士というお仕事

失語症者の気持ち×専門家の視点〜関啓子先生〜言語聴覚士というお仕事
「先生、知識をいくら知っていても、当事者じゃないから気持ちはわからないでしょ?」って
患者さんから言われたら、その通りですとしか答えようがない。
でも、「当事者や家族は学術的な事は知らない」
この両者を網羅するのが、当事者セラピストつまりセラピストであり当事者です。その当事者セラピストである関恵子先生の講演に参加してきました。私は大興奮で帰宅しました。

そもそもセラピストとして超一流!

関先生は35年間「半側空間無視」を主なテーマとし、臨床と研究に従事し、9年前に脳出血で倒れました。35年間ですよ!発表された論文も数知れず、近年は大学で後輩指導のお仕事をされてました。
その先生がご自身の研究分野である半側空間無視の当事者となった、その経験を書かれた本がこちらです。
「話せない」と言えるまで―言語聴覚士を襲った高次脳機能障害
関 啓子
医学書院
売り上げランキング: 281,186
私はこの本をぐいぐい読みすすめながら思ったこと。。「自分のカルテ記載が恥ずかしい」
先生は左利きなので、右脳出血で失語症になりました。
 *多くの人は左能に言語野がありますが、左利きの人では右脳に言語野がある人もいます。
 *失語症についてはこちら
失語症なのに、詳細な症状が書かれており、わかりやすい。カルテ記載の際に参考にしたい!
私は職場で「みんな読んでみて!」と回し読みを強要(笑)共通言語を持っていた方が、連携はスムーズですし。
そして、当事者の経験、体験を通じての症状記載は、本当に学びになります。リハビリの部屋には必ず1冊置いて欲しいものです。

当事者の気持ちがよくわかる!

講演は一般の方も参加だったので、どのように失語症の説明をされのかなと興味がありました。
当事者ならではの説明が多く、表現の巧みさに、ひたすらメモ、メモ!
例えば
・ 失語症状や重症度が同じ人は滅多にいない
・ 精神的ショックが原因ではない。このあたりに誤解が多いのは実に残念です
・ それまで意識せずにできていた会話や読み書きが突然できなくなって、予備知識さえ持って
  いない失語症者は、大変混乱し大きな将来への不安を抱く
この太字のところは、当事者ならではの表現ではないかと思いました。誤解ですよと事実を伝えることはできても、そこに「実に残念」という言葉を添えているのが、当事者ならでは。言われてみれば、自分の病気が誤解されるって、ほんとに哀しいですよね。
発症してからの気持ちを、マイナス面・プラス面の両方を列挙してありました
マイナス面は
・ 私たちが障害者になってしまった、以前のようにはできないという、さみしさ、腹立たしさ、やるせなさ、絶望
プラス面は
・なったのだから仕方がないという現実肯定感
当事者として経験できるという期待感、語り部としての使命感!
ここはセラピストならではのもの。ここに35年間、従事してきた先生ならではの気概を感じます。

人は社会の中で生きている!

当事者セラピストとして新たな役割を得た先生だからこそ、リハビリの経過を詳細に記録し、絶望する暇もなく「なぜこれができないのか?」「どうしたらできるようになるのか?」を日々、工夫していきます。そして、長きにわたるリハビリを支えるのは、周囲の人がいるからだと。
機能訓練ばかりに偏っている、最近の医療リハビリの問題について改めて考えました。
そして、病前の状態にならない当事者の人が、あたらしい人生を歩むには、受け止める社会が必要なのですよ!これ、私がいつも思っていることです。
最後に語られたこの言葉
障害持ってきて生きてきた先輩の言葉がそのままであったことを実感した。私は障害を持つことで、叡智と謙虚さを得たのです
唸りました・・何も言えない・・
私は人生を閉じるまでに「叡智と謙虚さ」を得ることができるのだろうか・・
スペシャリストは、当事者としてもちろんスペシャリストでした。先生、貴重な講演ありがとうございました。

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