お葬儀に子供と参列することの意義〜ワーキングマザーの知恵

お葬儀に子供と参列することの意義〜ワーキングマザーの知恵
ほとんどお会いしたことがない遠い親戚の方が亡くなりました。それも急にです。75歳になってもお元気で、ほんの30分前まではばりばりに仕事していたのこと。脳神経科病院にいると人生明日があるとは限らないといつも思ってますが、身内となると驚くものです。どうしても参列しなければならない関係ではありませんが、実家の母の頼みもあり、予定を調整し息子を連れて深夜バスで帰りました。死は誰にとっても一度きり、お葬儀は二度とないことなので、どんなに無理をしても参列したほうがいいと思っています。

子供が葬儀に参列することの意味

私たちは今、死を身近に感じることがほとんどありません。大災害や戦争の報道がありますが、死を実感することは難しいもの。自分が知っている人の死を目の当たりにしてこそ、ようやく生は限りがあるものだと実感するものです。残酷だからとか、かわいそうだからと言って遠ざけずに、ぜひ一緒に参列してください。この日はお館をあけて故人の顔に触れることもできましたし、故人がどんな人でどんな人生を歩んできたのかについて語りあいました。
どんな人も生命に限りがありその幕引きを自分で決定できないもの、だからこそ毎日大切に生きてほしいと思います。
それからお葬儀ではたくさんの親戚の方に会いますね。名前もよくわからない人も多いのですが、たくさんの年配の人と交わると、自分のルーツを感じることもできます。自分はたった1人で生まれてたった1人で生きてるわけではない、そんなことを感じでほしいものです。言葉にしなくてもいいのですが。

大人はいつもはできない話を

私にとって良かった事は、やはりいつも忙しくて顔をあわせることが少ない親戚とたくさんお話ができたことでしょうか。故人の身内の方は、いろんな話をしてくれてました。
お別れの時に、奥様が「ありがとうね。お父さん、本当に今までありがとうね」と笑顔で顔をさすって何度も言ってたのがとても印象に残りました。仕事命の人でしたが、実直でいいご主人だったのですね。たくさん泣いたのでしょうか、最後は、豪快で明るいご主人に似つかわしい送り方だったと思います。

私の父の死と、母への想い

今回は、母と、若くして亡くなった父の話をたくさんすることができました。
父は39歳で職場の爆発事故で突然亡くなりました。大きな事故だったので、SNSもない時代でしたが、ニュースをみた友人が電話で連絡しあって全国から多くの人が参列してくれたのを覚えています。
子供が5歳と8歳(私)、そして未亡人となる母が36歳でした。父が亡くなった夜から本当に壮絶な毎日でたくさんのエピソードがあります。
  • 遺体の損傷が酷すぎるので、わたしは左の指先だけしか見せてもらえなかったこと
  • 霊安室に某新聞社のカメラマンが入って勝手に遺体の写真を撮り始め、部屋にいた父の友人がカメラを強引に奪いとり、床に叩きつけて壊したこと
  • 沿道に延々と並ぶ花輪をみて、遠方から駆けつけてきたおばあちゃんは、やっと現実がわかり腰が抜けてタクシーから降りられなくなったこと
  • これから生活をどうするか?子供をどこが預かって育てるか?の話し合いが夜通しされていた。ニュースを見た生命保険会社の人が駆けつけ契約書をみて、みんな少し安堵したこと(労働災害なので補償があるのですが、そんなこと気がつかないくらいみんな動転してました)
  • お葬儀は今のような会館でなく公団住宅の集会所で。待合室は自宅、隣2軒のご自宅も開放し女性が山のようにおにぎりを握ったりお味噌汁を作っていたこと
  • 参列者が集会所に入りきれなくて、停めてある車を全部移動して駐車場を開放し、そこで皆さんに叔父が挨拶をし、みんなが泣いていたこと
火葬場では、扉がしまった瞬間に母が気を失って倒れたことも目に焼き付いています。
しかし、わたしはどうしても父の遺骨を拾い上げた覚えがないのです。この日、母に「わたしは覚えてないんだけど」と聞いてみたところ、こんなエピソードが聞けました。
子供があまりに小さいからかわいそうだと言うことで、骨上げについては親戚の間で意見が2分したそうです。せめて8歳になった長女の私だけでもという流れになったその時に、血も繋がってない叔父が断固反対し、私と妹を連れて火葬場の外の野原に連れて行ってくれたそうです。
喪服を着た叔父の姿と、たんぽぽの種を一緒に飛ばしていたところは、なぜか断片的に覚えているのですが、あれが火葬場だったとは。この日、母から聞いて初めてわかりました。
叔父ちゃん、いつもいつもありがとうね。
そして、若くして突然未亡人になったお母さん、よくぞ育ててくれました。今になってその苦労が少しわかる。

よく死ぬことはよく生きること

そんなこんなで家族や親戚から自分が愛され育ったことを再確認できたし、何よりも今回は私が行くことによって母や妹、故人の身内が非常に喜んでくれとても良かったと思います。
息子にとって身近な人の死はこれが2回目、命の大切さを感じたのではないでしょうか。毎日を大切にしてほしいと願います。
遠い親戚の葬儀など、なんとなく気が重いとか、子供がじっとしないからなど躊躇する方も多いと思いますが、ぜひお子さんを連れて参列してください。高齢者のご葬儀は、参列者も高齢の方が多いので、子供が多少騒いでも、むしろ気持ちが和らぐようです。子供は社会の希望ですから。
次世代のために自分たちが働いてきたことを誇りに思うようで、故人と一緒に働きてきたことの話で盛り上がっていました。
よく死ぬことはよく生きること、これは私が大学生のときに夢中で読んだ千葉敦子さんの言葉です。彼女は乳がんで亡くなる直前まで仕事をしていました。故人は思いがけない事故で亡くなりましたが、生ききったとみんなに言われるだけの人生だったようです。
ご冥福をお祈りします。そして、喪主の方々、どうぞ体調を崩されないように。

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