脳損傷後の「障害受容」の現実〜完全な受容はなくても、新しい人生は始められる〜

こんにちは。言語聴覚士の多田紀子です。引き続き、脳損傷後の復職について書いていきます。前回の記事では、配置転換により新しい働き方を見つけた二つの事例をご紹介しました。お二人とも最終的には「元の状態には戻りたくない」とおっしゃっていましたが、この背景には複雑な心理的プロセスがあります。今回は、障害を持ちながら働く方々の心の動きについて、より深く考えてみたいと思います。
仕事に価値を見出していた人ほど適応が困難
これまでのインタビューを通じて気づいたのは、病気や怪我をする前に仕事に強く自分の価値や役割を見出していた人ほど、状況の変化についていくのが困難だということです。特に、脳卒中や頭部外傷など、ある日突然、障害を伴い、「できることもあるが、できないこともある」という微妙な状況に置かれます。失語症や高次脳機能障害は、外見からわかりにくいため、周囲の人だけでなく、本人も自身の状況を把握するのに時間がかかります。また、全てを失ったわけではないからこそ、以前の自分との比較で苦しまれる方が多い印象があります。
人間の想像力の限界
配置転換を提案されたときにショックを受ける方が多いのは、ある意味で当然のことかもしれません。人間は新しい環境に実際に身を置かない限り、その環境での自分を具体的に想像することが難しいからです。
「自分を否定されたような気分になる」という感情も、十分に理解できます。長年積み上げてきたキャリアや専門性、職場での立場が変わることは、確かに大きな喪失感を伴います。
新しい環境で見えてくるもの
しかし、実際に新しい環境に入ってみると「これはこれで悪くないな」と感じる方も少なくありません。前回ご紹介した建築関係の男性がまさにそうでした。このような変化は、心理学でいう「障害受容」のプロセスの一部なのかもしれません。障害受容とは、障害のある状態の自分を受け入れ、新しい価値観や生き方を見つけていく過程のことです。
「100%の受容」は存在しない
ただし、ここで重要なのは、100%納得している人はほぼいないということです。これまで多くの方にインタビューをしてきましたが、完全に満足している方に出会ったことはありません。
以前、脳外科医の先生の講演で印象的なお話がありました。「障害を受容していると言っても、もし麻痺が治る薬があったら試してみますか?」と質問すると、ほとんどの方が「それは絶対に治りたい。試してみる」とおっしゃるそうです。
また、インタビューの中でよく聞かれるのが「夢の中では今まで通り動いている自分を見る」という話です。これらのエピソードは、心の奥底では「元の状態に戻りたい」という気持ちが残り続けていることを示しています。
不便さとともに生きる現実
障害がある限り、日常生活や仕事での不便さはどうしてもついてまわります。新しい働き方を見つけ、それなりに満足していても、以前と比べて時間がかかることや、サポートが必要なことは変わりません。
この現実を「完全に受け入れている」人はいないというのが、これまでのインタビューから得た率直な感想です。
それでも前に進むことはできる
では、100%の受容ができなければ幸せになれないのでしょうか?答えは「No」です。前回ご紹介したお二人のように、完全に満足していなくても、新しい環境で「悪くない」人生を送ることは十分可能です。多くの人のインタビューを通じて、「100%納得できなくて当然」だと理解すること、そして、完全ではなくても、新しい環境での小さな喜びや達成感を大切にすることが、コツかなと感じています。
このような体験談を通じて、脳卒中後の働き方について一緒に考えていきたいと思います
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