高次脳機能障害支援法に、失語症は”含まれる”——その言葉の重さを知っていますか

2026年4月、高次脳機能障害支援法が施行されました。
長年、当事者や家族が声をあげ続けてきた。その積み重ねがようやく法律という形になった。それは間違いなく、大きな一歩です。
でも私は、この法律が成立したとき、素直に喜べなかった自分がいました。
また、”含まれる”で終わった。
そう感じたからです。
「含まれる」の歴史
失語症に関わる法律や制度が動くたびに、こんなことが繰り返されてきました。
2001年、高次脳機能障害の診断基準が策定されました。 そこに失語症は含まれていません。 失語症は「含まれない」どころか、そもそも議論の外にいた。
2019年、脳卒中・循環器病対策基本法が施行されました。 附則には、こう書かれています。
「てんかん、失語症等の脳卒中の後遺症を有する者が適切な診断を受けること並びにその社会参加の機会が確保されることが重要である」
失語症という言葉が、ようやく法律に入った。 けれど、それは附則の一文でした。
そして2026年、高次脳機能障害支援法。 法律の名前には「高次脳機能障害」とある。 失語症はどこにあるか。
「失語、失行、失認を含む」という一文です。
“含まれる”とは、どういうことか
「含まれる」という言葉は、一見、包括的に見えます。
でも実際には、「主役ではない」という意味でもあります。
法律が動くとき、予算がつくとき、センターが設置されるとき。 優先されるのは、法律の名前にある障害です。
高次脳機能障害支援法で設置されるセンターは、 記憶障害、注意障害、遂行機能障害、社会的行動障害—— そういった高次脳機能障害全般を対象にしています。
失語症のリハビリは、本来、言語に特化した専門的なアプローチが必要です。 しかし「含まれる」という位置づけのまま、 同じ場所で、同じように支援されることが前提になってしまう。
それで本当に、届くのでしょうか。
繰り返される「前進」の中で、失語症は
2001年から2026年まで、25年間。 その間に、制度は確かに前進してきました。
でも失語症は、毎回「含まれる」という形でしか制度に登場してきませんでした。
独自のセンターも、独自の支援体制も、独自の予算もない。 「含まれる」と言われながら、実態としては周縁に置かれ続けている。
これは失語症に関わる者として、 そして23年間、当事者と向き合ってきた言語聴覚士として、 正直に書いておきたいことです。
「支援法ができた」ことを、ただ批判したいわけではありません。 前進は前進です。
ただ、「含まれる」という言葉の意味を、 私たちはもっと丁寧に問い直す必要があると思っています。
次回は、この「含まれる」がなぜ現場で機能しにくいのか、 障害者手帳制度の問題から考えてみたいと思います。








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