医療と福祉のはざまで、生活を支える制度がない〜高次脳機能障害の声なき声〜

医療と福祉のはざまで、生活を支える制度がない〜高次脳機能障害の声なき声〜

本日は、このブログに記載している高次脳機能障害者の声なき声を書いている当事者と家族さんに、友人と一緒にインタビューに行ったので、その内容を書き起こします。

入院中に高次脳機能障害はみるみるうちに良くなった。会社の帳面を理解することができて、おおまかな流れがわかった。大きな装具をつけて歩けるようにもなった。僕は退院したら、元通りの生活ができると思ってた。退院する日、車にのって自宅に帰る途中、これで会社にいけると思った。もちろん社会復帰ができると思っていた。
先生、甘かったです。ことごとくできません。テレビを見ても何を言っているのかわからない、会話のスピードについていけない。家族との会話も、よくわからない。
会社にもいったけど、社長の椅子に座ると5分もしたら急激に疲れてすぐに迎えにきてもらって、家に帰って寝ました。

確かに死んでいたかもしれないかもしれない、それを救ってもらった。でも、これからどうやって生活していったらいいのかまったくわからない。

「中途半端に生かしやがって」

ほんとそう思いましたよ。これからどうしたらいいねんって。

医療、福祉制度のはざまにある高次脳機能障害者

救命救急の技術がすすみ、心肺停止や脳卒中、頭部外傷などこれまでは「助からない」とされていた人たちの命を救うことは増えてきました。
リハビリに関しては、早期介入すると効果がみられるというエビデンスのもと、発症してすぐである「急性期」リハビリには加算がついて充実してきました。しかし、少し状態が落ち着いてリハビリが重点的にできる「回復期」のリハビリは、だんだん制限が厳しくなってきています。現在、FIMとよばれる評価尺度で「日常生活の自立度」を評価し、身体麻痺が重度で介助量が多い方を優先的に回復期病院に入院させるような傾向になっています。(FIMについては、こちらをご覧ください。リハビリのお仕事)麻痺が軽度、またはまったく麻痺がなく病院内の生活はほぼ問題なくできる「高次脳機能障害者」はFIMの得点が高いため、回復期病院に入院の対象者から外れることが多く、回復期病院に入院してリハビリを継続すること自体が困難となっています。

もちろん、自宅に帰れるのであれば、退院するに越したことはありませんが、外来リハビリをしている病院も急激に減少しており、退院と同時にリハビリは終了です。麻痺がなければ、介護保険の対象にならず、ケアマネージャーが担当することはありません。麻痺があり介護保険の対象となっても、介護保険のサービスは高齢者対象が多く、あるケアマネージャーさんが講演で語ったいた通り「若い人が70代や80代の人に混じって、風船バレーなんてできますか?そしてそんなことが彼らにとって必要なサービスではないでしょ。彼らの行き場は本当にないんですよ」という状況です。

つまり医療でも、福祉でも、高次脳機能障害に対する社会的資源がないのです。見えない障害といわれ障害の理解がすすまないだけでなく、制度のはざまにあって社会的支援も受けにくいのです。

社会の受け皿が欲しい

私が今、切に願うのが、高次脳機能障害に対する理解がすすみ、社会の受け皿が広がることです。かつてリハビリ依存という言葉が問題になりました。もうリハビリが必要でないのに継続したがる人のことです。障害受容ができていないということもありますが、多くの人はリハビリしか行くところがなかったからです。そもそも、人生の半ばで障害を持った人が社会とつながる機会が、リハビリしかないのはおかしいと思います。さらに医療保険が多大な赤字である状況の中、今後は、頼みの綱であるリハビリが早々に打ち切られる傾向がますます進んでいくでしょう。

障害者の生活が困難となるかどうかは、社会が決めている部分も多いのです。そのことについて書いたこちらの記事、障害者の生活の困難さは、障害の重症度と何が決めるのか?もぜひ合わせてお読みください。病院から退院していった多くの高次脳機能障害者が、どのような生活をしているのか、気にならないセラピストは皆無ではないでしょうか。

「中途半端に生かしやがって」これは、医療者にとっても非常に重たい言葉です。どうか、社会で支える仕組みができることを願ってやみません。

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