子連れ養成校時代の奮闘記

子連れ養成校時代の奮闘記
交流会でのインタビューについて、昨日の続きです。

勉強はどうしてましたか?

さらに、定期テスト、国家試験があるので勉強もしなくてはなりませんね。子供と一緒に9時に寝て、3時や4時に起きて勉強すると言う生活でした。当時はまだ31歳だったので体力あったんですね!
それよりも「お金を払ってしまった」ので、なんとかせねばと言う必死な思いでした。学費だけでなく、保育料もかかりますし。

就職活動は?

まだ言語聴覚士と言う仕事が世の中で広がってなかったので、入学してすぐに「仕事がない」と言う現実を知り大ショック!
いや、これも先に調べておけよという感じですね(笑)
もちろん子供がいるので、遠くの勤務先は考えられず、通勤は保育園によることも考えて30分以内が必須!
就職ができるのかどうか、やばいな・・という感じです。
今だったら信じられないと思いますが、当時は電話帳をもとに、病院に「こういう仕事なんですが、求人はありませんか」と電話をかけて、営業していた時代です。たまたま車で20分ぐらいのところに老人保健施設が求人があると知りました。もともと小児がしたかったのに、なんで老人保健施設なんだ!と思わないでもなかったのですが、まぁとりあえず「子育てと仕事の両立が大事」と思い、面接に。

先生がた、ありがとうございます

まぁそんなこんな話ながら、ほんとにもう毎日こなすのが一生懸命だったんだなぁとしみじみ感じました。でもあの頃は、ほんとに前を向くしかなくて、不安だとか、モヤモヤするとか、どうしようとかを悩んでいる暇なんかなかったんですよ。周りの皆さんのおかげで、めちゃくちゃなない生活でしたが、何とか回っていたんだなぁ。私の母や近所のママ友のおかげで、子供に、寂しい思いをさせずにすみました。
そうそう、期末試験の時に子供が熱を出しちゃって、結局、学校に子供連れて行って、学校にある小児の演習用のプレイルームで寝かせて、私がその横のおもちゃの机で、試験を受けたこともあります。そもそも入試の時に子供がいると言うことを黙って入学したもので、先生も「開けてびっくり」の状態でした。
「子供がいるなら、なんで面接のときに言ってくれないんだ」と言われましたが、「だって、聞かれなかったので。嘘は言ってないですよね!」と明るくスルー。だって、言ったら落とされたら嫌だもん。
こんな私でしたが、本当に気を遣っていただきました。実習先でも、5時には必ず帰らしてくれたし、レポートもあまりうるさいこと言われませんでした。最近は実習生の自殺問題があり、5時まで帰らせるという規定がありますが、当時は「実習中は眠れないほど課題がある」のが普通でした。
ほんとにたくさんの人に支えてもらってこの資格を取ったんだなぁと、改めて感謝の気持ちでいっぱいになりました。

私の活動をご紹介

すべての人が、自分らしく社会参加できる、自分の力を活かして稼げる「幸福な経済圏」が作れたらいいなと思って活動しています。

  • 当事者の社会参加と家族ケア・啓発活動
    NPO法人Reジョブ大阪
  • スマホやタブレット、PCで!言語聴覚士によるオンライン言語リハビリ
    くるみの森 オンライン言語リハ
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  • 当事者、支援者、家族がともに学び合うオンラインサロン
    脳ケアゼミ
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  • 本を出版しました!
    現場19年、大阪の元気な言語聴覚士が、患者から学んだ人生の処方箋。
    コロナ禍の中、先行き不透明な時代にこそ、多くの方に読んでほしい!
  • 講演・研修多数
    お問合せはこちらのフォームにご記入お願いします。

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