失われた自信を取り戻すために – 「不全感」という複雑な心理

失われた自信を取り戻すために – 「不全感」という複雑な心理

こんにちは、言語聴覚士の多田紀子です。2019年からオンラインで言語療法を行っています。

前回は脳の仕組みから「言葉が出ない」理由を解説しました。今回は、失語症の方が抱える深い心理的課題「不全感」について、そしてそれとどう向き合っていけばよいのかをお話しします。

多くの方が抱える「不全感」とは

失語症の方の多くが抱える心理状態に「不全感」があります。これは、以前の自分と同じように話せないという感覚や、自分は仕事ができない人になってしまったという思いから生まれる感情です。

復職を果たした方でも、周囲から何も指摘されていなくても、この不全感を抱えています。「周囲に迷惑をかけている」「申し訳ない」という気持ちが常につきまとい、中には「退職します」と言い出す方も少なくありません。

不全感は特別なものではない

実は、この不全感は失語症の方の多くが持つ心理状態なのです。あなただけが感じているものではありません。

私がオンラインで言語療法を行う中で出会った多くの方が、同じような感情を抱いていらっしゃいます。これは決して弱さや甘えではなく、自然な心理反応なのです。

不全感への対処法

この不全感を和らげる方法として、2つのアプローチがあります。

1. 同じ立場の人と話をする

自分より早く復職した人の話を聞くことで、多くの方が似たような心理的変化をたどっていることが分かります。

興味深いことに、復職してすぐよりも、半年から1年半あたりが最も辛い時期のようです。しかし、数年経つと「そういうこともあったな」と振り返る余裕が出てくるものです。

2. 以前の自分と比べて改善を確認する

日々の小さな変化や成長に目を向けることで、回復していく自分を実感できるようになります。

毎日の積み重ねは目に見えにくいものですが、記録を取ることで確実な改善を確認することができます。

「受容」という複雑な心理

完全な障害受容というのは、実は非常に難しいものです。多くの方は、この不全感を持ちつつも、それと折り合いをつけながら生活しているのが現実です。

しかし、あきらめとは違います。現状を受け入れつつも、できることには取り組んでいきたい。そういう気持ちの方が多いのではないでしょうか。

この辺りは本当に複雑な心理状態で、簡単に言葉で表現できるものではありません。モヤモヤした気持ちを抱えながらも、それでも前を向いて歩んでいく。それが多くの方の実際の姿なのです。

私が見てきた回復のプロセス

オンライン言語療法を通して多くの方と関わる中で、回復には時間の流れがあることを実感しています。

  • 復職直後:まだ緊張と希望が混在
  • 半年〜1年半:現実とのギャップに最も苦しむ時期
  • 数年後:経験として振り返る余裕が生まれる

このプロセスを知っているだけでも、今の辛さが永続的なものではないことが分かります。

まとめ

不全感は失語症の方にとって避けては通れない心理的課題です。しかし、それは決してあなただけの特別な弱さではありません。

大切なのは、この感情と上手に付き合いながら、できることを一つずつ積み重ねていくことです。完璧な受容を目指す必要はありません。モヤモヤしながらも、前に進んでいけばよいのです。

次回は、失語症の方が日常生活で直面する具体的な困り事について、社会的な視点からお話しします。

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